墓碑

Mozartへの旅

Produced by Sayoko Oi

ゆかりの町を訪ねる

     モーツァルトの墓碑=ウィーン中央墓地

私の憧れのモーツァル
トを訪ねて欧州のゆか
りの地を旅しました。
その中から、彼の生涯
にとって特に重要な関
わりの有ると思われる
幾つかの町を取上げて
見ました。


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    1. 序章(Prologue)[モーツァルトへの想い]
       私は音楽家でも、また音楽の専門家でも有りません。極普通の主婦です。でも、モーツァルトに関しては、我こそは一番のモーツァルティンではないかと密かに想っているのです。
       世の中に、モーツァルトの愛好家の方々は数え切れない程居られると思います。耳に快く響いて、それを心で感じ取るもの、音楽とは本来そう有るべきものだというモーツァルトのポリシーというか、音楽に対する考え方が、私にとっては琴線に触れてやまないのです。
       あの、喩えようのない程に美しい旋律に魅せられて、私はモーツァルト所縁の地、ザルツブルク、ウィーン、プラハ、アウグスブルクへ彼を訪ねる旅に出ました。

    2. ザルツブルク(Salzburg)[モーツァルトと音楽祭の町]ザルツブルク州
       ウィーンとザルツブルクを結ぶインターシティ特急の、コンパートメントの車窓から眺める景色はさながら絵葉書の様でした。
       ザルツブルクでは早速に、博物館となっているモーツァルト一家の住んでいた家と、川を隔てた旧市街にある彼の生家を訪ね、幼い日にナンネルとレオポルドから、ピアノとヴァイオリンの手ほどきを受けた家に、今、私自身が来ているのだと思うと、感慨深いものがありました。
       更にミラベル宮殿での夜のコンサート、魔笛の小屋、ホーエンザルツブルク城とその向かいの山上にあるレストランから眺めるザルツブルク市街。それは本当に美しい街並みでした。私が今迄に見て来た中で、モーツァルトに最も相応しく、一番素敵でした。

    3. ウイーン(Wien)[音楽の都と謳われた町]ウイーン市
       ウィーンでは、歴史の重厚さに圧倒されそうでした。モーツァルトが洗礼を受けたシュテファン寺院は、訪れた時は修復中で、外観は下半分がテントに覆われたものでした。中に入る事は出来たので、モーツァルトに感謝を込めてお祈りをして来ました。
       モーツァルトが「フィガロの結婚」を作曲して、フィガロハウスと呼ばれて記念館となっている小さな家では彼が、フッと現れそうな感じがしました。また、彼が演奏旅行で滞在したホテルにも泊まったのです。
       次の日、路面電車に乗って中央墓地へ。その一角には音楽家達が眠っています。中央にモーツァルト、その後方にベートーベン、シューベルトが並んでいました。私の頭の中を、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲K261、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲、シューベルトのザ・グレート、ブラームスの交響曲No1が、ぐるぐる回っていました。

    4. プラハ(Praha)[モーツァルトが愛した館]ベルトラムカ
       映画「アマデウス」でロケに使ったという古い街並みを歩くと、無粋な数本のクレーンが、床しげな建物の前壁だけを残して、奇麗さっぱりとならしてしまっていました。広大な再開発をしているのでしょうか。
       高台の方に向かって行く登り口にある建物の壁に、モーツァルト通りの標識があり、更に進むとベルトラムカと書かれた案内板が見えて来ます。ここは彼の後援者の別荘で、4度のプラハ訪問の度に滞在したといわれ、交響曲38番に名を付した程お気に入りだったこの町の、この館で「ドン・ジョバンニ」を完成し、この町の劇場で初演して成功を収めたといわれます。
       海老茶色の瓦に白い壁の、林に囲まれた瀟洒な館は、遺髪も展示した記念館になっています。前庭に面した小さなサロンでは音楽会が始まるみたいで、並べた椅子の前ではハープシコードとソプラノの2人の女性がリハーサルに精を出していました。テラスから、開け放たれた窓越しの只聞きは、殊更趣のあるものでした。
       広い庭に差す初夏の強い日差しを逃れて、白い花を一杯咲かせた木の陰のカフェの椅子に座って冷たいコーヒーで一息入れていると、森から降りて来る微風に乗って、また歌声が聞こえて来たのです
      モーツァルトハウス

    5. アウグスブルク(Augsburg)[モーツァルトの父の生家の町]
       アウグスブルクは日本人旅行者にも人気の高い「ロマンティック街道」が通る、紀元前に作られたといわれる歴史の古い町です。
       ミュンヘンから、ドイツ鉄道のICEという特急で僅か30分の所に有って、ギネス・ブックにも載っているという世界最古のステンドグラスのある教会で有名ですが、見所は市電を利用しても十分に見て回れる程の範囲に集中しているみたいです。
       ミュンヘンを朝早くに出発した私は、コンパートメントの近くの食堂車でゆっくり朝食を味わう間もなくアウグスブルグ中央駅に到着、駅のコインロッカーに荷物をしまうと、手ぶらで2番の市電に乗り込みました。駅から4つ目の停留所がその名も「モーツァルトハウス」でした。この、父親の生家は表通りに有るものの、この辺りでは極ありふれた建物なのでしょうか、煉瓦色をした、間口もそう広くはない4階建ての建物です。着くのが早過ぎて開館前だったので、筋向いのホテルのカフェでコーヒーを飲んで時間待ちをしました。
       1階の受付で来客リストに記帳する様にいわれました。恐らく日本人はいないと思っていた予想に反して、幾つかの名前を見つける事が出来たのは意外でしたし、この日も若いカップルが訪れていたのです。正面には父レオポルドと、母マリア・アンナの肖像画が飾られ、2階に上がると、シュタイン作という小さなハンマークラブサンが置いてあり、案内係りの話では実際にモーツァルトが演奏した物で、現在でも音が出るのだそうです。そして、これで演奏したモーツァルトの曲を聞かせてくれました。
       どちらかというと、質素な部屋には家族の肖像画が何点か飾られてあり、幼いモーツァルトの天賦の才能を早くに見出し、育んで指導して、基礎を作り上げたレオポルドに感謝の気持ちで一杯になりました。
       モーツァルトはどんな目でこの町の姿を見ていたのでしょうか。

    6. 終章(Epilogue)[モーツァルトへの想い]
       私が死んだ時にはお葬式は一切無しで、モーツァルトを一杯掛けて、灰をウィーンの中央墓地の片隅の木陰にでも、人知れず撒いて欲しいと今から主人に頼んでいるのです。

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